――まだ、そこに居るんですか?
わたしの代わりにたたんでくれた洗濯物を両手で抱えながら、縁側を歩く宗次郎はわたしに問うた。わたしは縁側の下を覗きこむように座っていたけれど、宗次郎の問いかけで顔を上げる。たたんだ着物を片付けるために箪笥へ向かっていた足はわたしの近くで止まっていて、顔を上げたわたしと目が合うとすこし笑った。
――うん、ずっと此処に居る
――このまま、居付いてしまいそうですね
宗次郎は少し苦笑いをして、また、箪笥へ向かって歩いてゆく。
――そうだねえ
わたしは縁側に腰を下ろして、すこしだけ肩をすくめた。
数日前、ものすごく激しい雨の夜があって、その次の日の朝、目覚めて二階から降りてきたらちいさなちいさな鳴き声が耳に届いてきた。宗次郎が雨戸を開けて、縁側の下を覗き込んでみたら、琥珀色の目をした仔猫がさみしそうな声でにゃあにゃあと鳴いているのを見つけたのだった。
あの雨のせいで、母親猫とはぐれてしまったんだろうか。それで、この縁の下はやっと見つけた雨宿りの場所だったのかもしれない。お腹を空かせているだろうと思って、台所で焼いたいわしやら何やらをあげたので、それからすっかり此処に居付いてしまっている。もう数日の間、ずっとこの縁側の下を離れない。
気になるので、何度も何度も縁側の下を覗いてやるのだけれど、そのたびにくりくりと大きな琥珀色の目と視線がかち合い、やっぱりどうも、わたしには追い出すなんてできないなあ、と思ってしまう。
――飼っちゃだめかなあ
初めて琥珀色の目を見つめたときから思っていた言葉を、ぽつりと呟いてみる。箪笥に着物を仕舞っている宗次郎の方を伺うようにそっと振りかえると、宗次郎はにこりと微笑んだ。
――僕も、それ、ずっと考えてました
――え、ほんとう?
宗次郎は頷いて、こちらへ歩いてくる。
母親猫を探してあげるのは無理だし、だからって、追い出したりなんてできないし。やっぱり、わたしたちが、この家でこの子を飼ってあげるより他ないよね。縁の下を覗きこんだら、また、琥珀色の瞳と目があった。
――良かったねえ、今日からここが、あなたのおうちだよ
それに答えるように、にゃあ、と仔猫が鳴いた。何だか、今までの鳴き声とは違って、心なしか嬉しそうに聞こえた。
――そしたら、名前、つけてあげなきゃね
何だか妙に嬉しくて、中庭に下りてきた宗次郎に言う。しばらく考える風に視線をさ迷わせた彼は、突然、思いついたみたいににっこり笑って、わたしの方を見た。
――琥珀って、どうです?
――あ、この子の目の色?
宗次郎が頷く。とても、この子に良く似合っている名前。
――うん、それ、すごくいい
――じゃあ、今日から僕らの家族ですね
わたしがそっと手を差し出すと、琥珀はもう一度にゃあと鳴いて顔を摺り寄せてきた。宗次郎と顔を見合わせて笑いあってから、わたしは、そっと琥珀を抱き上げる。暖かくて柔らかい仔猫の毛に頬を寄せて、よろしくね、と呟いた。
小さな小さな新しい家族が、わたしたちに加わった。