蝉の声がうるさいくらいに響いて、まだ日が沈もうとしない青い空の下、僕と彼女は並んで歩く。山道は案外涼しくて、それでもやっぱり団扇をぱたぱたと言わせながら、明るい夏の道をゆく。
彼女は、何故だか知らないけれど今朝からいつにも増して楽しそうに笑っていて、何だか僕までつられて楽しい気分になるみたいだった。彼女の傍に居ると、どうして心の奥の色が鏡に映ったみたいに、同じような気分になってしまうんだろう。でも、いつも同じ気持ちで居られるのはとても尊いことなんだろうなあ、と、何となくそう思っている。彼女でなきゃ、こんな気分にはならないのも、僕にとってはとても誇らしいことだ。


――ねえ、見て、宗次郎

彼女が指差した方を見ると、名前も知らないような小さな薄い青色の花がひとつ、そよ風に吹かれて頭を揺らしているのが見えた。上を向いてしゃんと伸びた茎と、その上にちょこんと乗った可愛らしい花。いかにも彼女の目に留まりそうな、彼女好みの花だと思った。

――なんて花かな
――さあ、判りませんねえ
――でも、可愛い

その花を見詰めてしゃがみ込んでいた彼女は、こちらを振り返ってにこりと笑った。そうですね。僕も笑って見せると、彼女にしては珍しく、そっとその花を摘んだ。

――掛け軸の下にある花瓶、あれに、とてもよく似合いそうでしょ

彼女は嬉しそうに笑っている。
そういえば、確かに、その薄花の色合いは、掛け軸の下に空っぽのまま置いてあった花瓶に良く似合うようだった。だけど、それよりも。彼女がそうして両手で大切そうに持っている方が、その花が一段と可愛らしく見えるんだけれどもなあ。
頭を掠めた言葉は彼女に伝えないまま心に留めておくことにしておいて、僕たちはどちらからともなく、また歩き始めた。

薄花色の、鮮やかで綺麗で可愛らしい、まるで彼女みたいな花はしゃんと背筋を伸ばして空を見上げ、その空は果てしないくらい広がって、僕らを包んでいる。
何より尊い僕らの毎日に、日々、色をかえながら。