今日も空は真っ青に澄み渡り、ながれゆく雲はきらきらと高く輝いています。秋も半ばを迎え、空気はいよいよ冬へ向かって日に日に冷たさを増してゆくようでした。朝には特にそれが顕著で、なんだかその冷たさに、しゃんと背筋が伸びるような気がします。中庭には、先日咲き始めたつわぶきの花が鮮やかな黄色をいっぱいに称えております。それをじいっと眺めるようにして、灰色っぽい毛の小さい猫が背中をまあるくして座っていました。彼は、名を琥珀と言います。彼の目は透き通るような琥珀色でしたので、その名を与えられたのでした。琥珀はその名を、何だか素敵な響きだなあと思い、とても気に入っております。彼はまだ仔猫でしたから、つわぶきの花を見るのは勿論初めてですので、目の冴えるような黄色にすっかり見ほれているようでした。この花はどうしてこんなにも、迷いなく鮮やかな黄色を咲き誇ることが出来るのだろう。自分の身体を覆う曖昧な灰色の毛をちらりと見やって、この黄色い花が少し羨ましいなあ。と思うのでした。
さて、彼にはふたりの家族がおります。その家族こそ、ただの仔猫だった彼に、琥珀という立派な名を与えてくれたひとたちです。彼らは琥珀が雨の日に迷い込んだこの家に住んでいて、縁の下で雨宿りしていた彼の姿を見つけてここに置いてくれたのでした。いつもにこにこしている男のひとと、とってもやさしそうな女のひとです。ふたりはいつも、彼のことを琥珀、と呼び、傍へゆくと優しく頭を撫でてくれました。彼は幼い頃に捨てられたので親猫のことを少しも思い出せませんでしたから、頭を撫でてくれるその手の暖かさがとてもくすぐったくて、大好きなのでした。母猫の温もりも知らず、ふらふらと様々なところを独りさ迷ってきた琥珀にとっては、彼等は他ならぬ両親のような存在であり、ここは初めて見つけた安息の定住地なのでした。


琥珀は穏やかな朝にひとつあくびをして、つわぶきの花の前で足を伸ばし立ちあがると、身体を弓なりにしてぐうっと伸びをしました。東の空には、太陽がこうこうと眩しく輝いております。さっきふたりが庭の植物に水をやっていましたので、その雫が葉っぱの上でまあるく宝石のように溜まって太陽の輝きを受け、ぴかぴかと光っていました。つわぶきにいささか飽きてしまった琥珀の興味は、今度は葉の上に乗っているそちらへ向かいました。手を伸ばして、ちょん、と葉を触ってやると、まあるく盛りあがった水がつるりと滑るように葉っぱの上を流れて、地面に落ちて吸い込まれてしまいました。水とは、なんだかへんだなあ。おもしろいなあ。と、琥珀は思います。世の中には、不思議なことがたくさんたくさんあるのです。

――水滴が珍しいんですか

琥珀の右ななめ後ろ側から声がしました。男のひとの声ですから、たぶん、それは、宗次郎、と呼ばれているひとです。いつもにこにこ笑っていて、彼女にするのと同じように琥珀に話し掛けてくれるのです。琥珀は彼がとても好きでした。彼の周りの空気はいつも、今日のお天気みたいにきらきらと暖かい光りに包まれているようだったからです。

――きみを見ていると、面白いですねえ

宗次郎は、またにこにこしながら言いました。そしてそっと、琥珀の頭を撫でてくれます。琥珀は嬉しくなって、ごろごろと喉を鳴らしました。そうすることで、どうやら喜んでいる気持ちが彼らに伝わるらしいと、最近気づいたのでした。 琥珀はくんくんと鼻を鳴らしました。そういえば、なんだか先ほどから魚の焼けるいい匂いがします。彼女が台所で朝ご飯を作っているのでしょうか。琥珀はいつも、彼らと一緒に食事をします。彼女の隣が琥珀の座る席で、いつも、余分に焼いてくれた魚を頬張るのでした。琥珀が綺麗に魚の骨だけを残して食べるので、彼女は、「上手に食べるねえ」と褒めてくれます。そのたびに琥珀は、なんだか得意な気持ちになって、鼻の先をつんと上げて見せるのでした。




――おいで、琥珀

宗次郎が呼ぶ声がしました。琥珀は、彼が両手を出すほうへ歩み寄ります。暖かい手が、そっと琥珀の身体を抱き上げました。肉球が彼の縹色の着物に当たると、柔らかくて気持ちいい感触がします。


――もうすぐご飯ができるみたいですね

琥珀は宗次郎の着物に凭れました。あったかくて、なんだかやさしい気分になりました。彼女が彼をあんなにいとおしそうに見詰めるのも、そして彼が彼女をあんなに大切に思っているのも、なんだかよくわかるような気がしました。何故って、ふたりとも、同じ暖かさがするのです。やわらかくやわらかく、身体を包み込む毛布みたいな暖かさです。琥珀は、人間って少し羨ましいなあ。と思うのでした。


――宗次郎ー、琥珀ー、ご飯だよ

良く通る声が、居間の方から響いてきました。庭を照らしているあの太陽と同じように、とっても明るい声です。

――ほらやっぱりね、さあ、行きましょうか

そう言って宗次郎は笑います。琥珀の背をそっと撫でながら。
鮮やかな黄色のつわぶきの花は羨ましいけれど、やっぱり、こうやってやさしく撫でてもらえるこの灰色の毛は自分にはいちばんぴったりなのだなあ。と、琥珀はふと思いました。そして、人間って羨ましいけれど、ふたりが人間で自分が猫だから、こうやってやさしく撫でてもらえるのだなあ。と思うと、やっぱり猫で良かったなあと判ったのでした。