突然の夕立に驚いて急いで取り込んだ洗濯物の上で、僕らの最愛の家族である琥珀がまあるくなっていた。眠っていると思ったら少し篭ったようなにゃあという声が聞こえるので、まさか起きているのかと彼を覗きこんで見たら、やっぱり眠っていた。猫でも寝言を言うのだなあと、どうでもいいようなことだが少し感心をする。

夕立をもたらした雲は足早に去ってゆき、今では走り去った雲を暮れてゆく太陽が赤く染めていて、朱色の墨でなぞったように綺麗だった。雨が上がったあとの土や草の匂いが家の中まで届いてきて、僕はさっきまでのうたた寝からようやく目覚め始めた重たい頭で、ぼんやりと琥珀の毛を撫でている。庭の草の間からは、虫の鳴く声が聞こえていた。風が吹くと、縁側に吊るした風鈴がちりちりと揺れ、心地良い和音を奏でている。夏がはじまる頃に、彼女が嬉々としてそこに吊るした風鈴は、短い夏の間、僕と彼女に涼を運び続けてくれた。そろそろまた、仕舞ってあったあの箱に戻して労をねぎらってやらなくてはならない。



――そうじろーう、洗濯物、畳んでおいてくれるー?

ぼんやりしていると、台所から彼女の声が響く。はいはい。わかりました。返事をして、取り込んだまま放ってあった洗濯物に手を伸ばす。彼女の人遣いの荒いのは、今更言うまでもないことである。琥珀を起こしてしまわぬよう、敷いて寝ている浴衣には触らないようにして、他のものからゆっくりと畳み始める。天日で浄された洗濯物は、太陽の匂いがして気持ちよかった。
まだまだ暑いと思っていたが、そういえばこの間から、夏中ずっとお世話になっていたうちわを手にしていないということにふと気付く。部屋を見渡すと、隅の方でぽつりと横になっていた。うちわで扇がずとも、開け放した部屋を通り抜ける風は、いつしかほんのり冷たさをはらむようになり、こうして秋が来るのだなあと思いながら言われた通りに洗濯物を畳んでゆく。そんなにたくさん、一体どこに隠れているのだろうと思うくらい夏の名残を歌っていたつくつくぼうしの声も、いつしか遠く響くように感じるようになっていた。
移り変わってゆくものが美しいのは、どこか儚くものさびしいからなのだといつか彼女が言っていたのを思い出す。あんなにまぶしく咲き誇った夏さえも、ひまわりの花と共にこんなに儚く去ってゆくのだ。さびしくもあるが、やはりその瞬間はこんなにも美しい。きっとまた、いつのまにか咲き始めた彼岸花を見るころ、本格的な秋の到来に、毎日の平和と過ぎ行く日々の早いことに相も変わらず驚くのだろうなあと思う。毎年毎年、何度も同じことを繰り返すのだが、学ばないことが与えるちいさな感動は、僕と彼女にとって忘れたくない大切なものだ。

洗濯物は、琥珀が布団にしている浴衣だけを残してあとは全部畳み終えてしまって、彼女に言われる前にやってしまおうときちんと箪笥に仕舞い込んでから、そのまま彼女が居る台所の方へ足を向けた。夕食の準備にはまだ早いのに、彼女はしばらく前から台所に立ったままであった。
――まだ夕食の時間には早いんじゃないですか
背中から声を掛けたら、彼女は目をまんまるにして振りかえった。驚いた、気配を消して近づかないでよね。肩を竦めて彼女は言ったが、別に気配を消したつもりではないから、それより彼女の注意力が別のものに注がれていたのだろうと合点する。
――見て、宗次郎
彼女が指差したのは、つまり彼女の注意の対象であったのは、大粒の栗であった。茶色いつやつやした皮をかぶったものがたくさん並び、横に置かれた皿の上には皮をむかれた黄色い実の栗が、調理されるのを待っているみたいだ。
――素敵でしょう、初物よ
――何をしてるのかと思えば、これをむいてたんですね
彼女はそれに応えるようにほほえみ、僕に栗を手渡した。
――洗濯物を畳み終えたなら、今度はこれを手伝ってくれない
これだけむいたら疲れちゃったわ。彼女は栗を手渡しておいて、疲れた肩や首を伸ばしながら居間の方へ消えてしまった。
ほんとうに、人遣いの荒いひとだなあ。と思いながらも、ちまちまと皮をむく作業に徹することにした。反論するより賢い策である。

――栗ご飯にするから、がんばってねー

居間の方から聞こえてきた気のない激励に返事をし、これも秋の到来を感じさせる要因のひとつであるなあと思いながら、これからしばらくの間、固い栗の皮と格闘させられるのを覚悟して、密かにためいきをついたのだった。