REDRUM



彼女は言った。ねえライト。わたし、内側の眼で一体何人のひとを殺したかしら。ぼんやりと、中空を眺めるように。一瞬どきりとしたが、すぐに眉をひそめて肩を竦めて見せた。悪いが、意味が判らないな。僕は簡単にそう返す。僕の右側では、彼女には見えているはずもないリュークがけたけたと笑っている。彼女のうつろな瞳はリュークを通り越した向こう側にある窓の外を見つめていた。思うの。こんなひと、死んだほうがましだわって。それで、わたしは内側の眼でそのひとを睨みつけるの。みえない弾丸で打ちぬくわ。そうして、わたしの中でそのひとは死ぬの。彼女はそう言って、薄く微笑んだ。窓の外に注がれていた視線がやっと僕の方を見る。困ったような微笑みで。ねえ、もしかして、わたしってキラかしら。また僕の背後でリュークの高笑いが聞こえた。僕だけに。それを無視して、口元をふっと緩める。だとしたら僕が捕まえなきゃならない。彼女の真似をして、困ったように薄く笑いながら。そうね。ライトならいいわ。それからまた、さっきのように、独り言を紡ぐような口調で。でもね、いつかきっと、わたしも同じように殺されるんだわ。誰かの内側の眼で。ライト、それがあなたならいいのに。―――ああ、それなら君の望みを叶えてあげられそうだ。なんて言えるはずもなく、僕は乾いた笑みをうかべた。















真っ白なときは



ホグワーツの冬は寒い。
今日もわたしはマフラーに顔をうずめながら、ホグワーツの広い庭を歩いていく。できるだけ早足で、できるだけ早く、城にたどり着けるように。それから急いで寮の談話室へ戻って、暖炉の前のソファに偉そうにふんぞり返って座っているであろうドラコを蹴飛ばして、代わりにわたしがそこを陣取るのだ。(そのあと横でぎゃーぎゃー騒ぎ立てるあの馬鹿は無視する。)約束の時間まであと三十分はある。それなら、暖炉の前で芯まで冷えた身体を温めて、濃く淹れた紅茶を飲むくらいの時間はあるだろう。それからすぐにまたローブを着てマフラーを巻いて、暖かくして寮を出ないと。地下室まで降りて行く階段は薄暗くて寒いから。ああ、あと三十分経てばあのひとに逢える。(ほんとうは今日の二限目に授業で逢ったんだけどね。)ああ、早く時間が経ってしまえばいいのに!
わたしは立ち止まり、ふうっと大きく息をついた。わたしの吐いた息はふんわりと白く染まって、空に溶けるように消えてゆく。空は果てしなく灰色。ずっと見上げていたら、舞い落ちてくる白い雪がまるで羽根に見えた。メルヘンチックで馬鹿らしい考えかもしれないけれど、彼に逢いにゆくと思うだけで世界はこんなにもきらめく。ああ、羽根がわたしの上にひらひら振ってくる。空を仰ぎながらそっと目を閉じたら、まぶたの上に落ちてきた雪がひんやりとつめたく残って、すぐに溶けた。
ああ、やばい。まぶたの裏にあのひとの顔が浮かぶ。不機嫌そうな、難しい顔で、いつでも眉間に皺を寄せて。どうしよう。いま、とてもあのひとがいとおしい。いとおしくて、いとおしくて、息が出来ない。胸が押し潰されそうだ。だいすきで、だいすきで、だいすきで、どうしようもなくて泣きそうになる。どうしてこんなにも想っているんだろうと不思議になるけれど、それでもやっぱり、わたしはあのひとを愛している。ただそれだけのこと。ああじれったい。この想いを全てまとめて伝えてしまえるような便利な言葉があればいいのに。いくら魔法使いだって、いまにも溢れ出しそうな想いをまるきり伝えられるような素晴らしい魔法は、ひとつも持っていない。


――こんな所で一体何をしておるのだ
静寂の白い世界の中、テノールの低い声が響いた。わたしは閉じていた目をぱっと開いて、声の方を振り向く。その声の主が誰か、もう確信していた。だってわたしがあのひとの声を、聞き間違うはずがないもの。
――教授
――何を突っ立っておるのかと聞いている
――ああ、わたし、雪を見てて
――時間も忘れてか?君は我輩をどれだけ待たせたと思っているのかね
――え?
時計を見た。約束の時間はとうにすぎていた。早く早く早く逢いたいと思っていたくせに、わたしはどれだけのあいだ、こんな寒い雪の中でぼうっとしていたんだろう。馬鹿みたいだ。教授の方をちらりと見たら、いつもの不機嫌そうな顔に拍車がかかって、嫌みったらしく眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけていた。
――ごめんなさい、教授
――全く信じられんな
呆れたような顔をしてから、教授は視線だけで、ついて来い、とわたしに言うとすたすたと先に立って歩き出してしまった。
…それにしても。
まったく、このひと、素直じゃないんだから。ずっと探してたならそう言えばいいのに。――ずっと寒い中に居たせいだろう、教授の鼻が赤くなっているのに気付いていたけど、そんなこと言ったらそれこそ減点ものだ。わたしは静かに笑いを噛み殺し、教授の二歩うしろから、その後を追った。